Date: Mar 18th 2008 | Author: admin |

南大門の放火事件

漢城と呼ばれた城砦壁都市であったころのソウルには、門が4ヶ所あったが、最も規模が大きいのが南大門だった。一般的な懸板とは違い懸板が縦で書いてあったが、これは火気を阻むため、風水地理的に考えられてのことだ。正式には崇礼門というが、愛称の南大門の名で呼ばれることが多い。
南大門は消失以前、立ち入りが容易な史跡でもあった。1907年の路面電車軌道敷設工事以降は立ち入りが禁止され、ながらく近づくこともできないような状態にあったが、2005年に南大門南側に芝生の公園が設置されて近づくことが容易になり、2006年には門をくぐる事も可能になった。
ソウルのシンボルであった南大門の消失は、ソウル市民だけでなく、韓国全土に大きな衝撃を与えたようだ。南大門の跡地では、白い菊や百合を手向ける人々が現在も後を絶たないという。韓国の東亜日報では「子孫に顔向けできない」という記事が掲載されるなど、大変な問題になっている。
南大門市場でのショッピングは、言い値の部分もあるが、基本的には安価な購入が可能だ。だからあまり値引いてやろうなどと思わずに、気楽に買い物を楽しもう。南大門市場は広大で、見て回るだけでも疲れるが、近くには飲み屋や食事のできる店も多いので、休みながらの買い物もできる。

Filed in: 未分類 |

Comments are closed.